2010年8月20日金曜日
インとアウト
先日周りの人に「ネタ切れ?」と言われてしまったのですが、実は全然そんなことはないです。
むしろ、この数か月はいろいろな業種のお客様とのプロジェクトを経験したり、
社内のことでも色々と変化があって、自分の中への蓄積速度は良い感じで、
1年前よりは進んだ内容で書けるんじゃないかという気持ちもあります。
じゃあなんでブログ更新が減っているのかというと、
別の場で表現しているということと、
蓄積されたものがまだ肉になっていないのかもしれません。
別の場での表現というのは、
最近はプロジェクトごとに結構な数のアウトプットを求められるので、
都度情報収集して考えて表現する、ということを連続してやっているということです。
アウトプットには大小あるのですが、毎週のように考えて表現して説明、ということをやっていると、
蓄積したものを早いサイクルで消化している感じがします。
そのサイクルが回っている状態だと、ブログに改めて書こうという気にならないんですねー。
人によりけりなんでしょうが、私自身はいろいろと情報収集しても結構すぐ忘れてしまう性質なので、
表現することで初めてちゃんと消化できるということはあります。
なので、表現する機会が少ないときはブログでそれを補う。
このインとアウトのバランスは、成長するうえで結構重要なファクターではないかと思います。
たとえば、大量のTL見てると中にはいい情報もあるのですが、
ほとんどはスタッフロール的に流れて行って、5分後には忘れています。
でも、良いものを選別して、コメント書いてRTしたり、誰かに話したりすると結構覚えてるものです。
その意味では何千人もフォローしている人って、明らかにバランス悪い。
すごい数のTLから自分の中に蓄積されてるものなんて、ほとんど無いんじゃないでしょうか。
ただし、アウトプットをしても、忘れることもあれば何度も同じ間違いをすることはあります。
蓄積したものを人に説得力を持って語れるかというと、そこまで至らないものは多々あります。
それはまだ肉になっていないのかなと。
スポーツで日々の練習が大事なのと同じで、
インとアウトのサイクルをずっと続けることで、少しずつ肉になっていくと思いますし、
表現の幅が広がっていくでしょう。
そうするとまた、ブログというメディアの特性を活かした表現も増えるはず。
えらい長い、更新しない言い訳(笑
2010年2月13日土曜日
Twitterがもたらす害
だいぶブームも落ち着いてきた感のあるTwitterですが、テレビや雑誌はネットより少し情報が遅れるということもあって、いまだ書店などで「コミュニケーションの革新」的なTwitter特集記事を目にします。
最近では企業のマーケティングで利用したり、有名人や政治家が積極的に活用するのは当たり前になってきました。
ハマコー、Twitterで大暴れ
http://ascii.jp/elem/000/000/496/496335/
楽天 三木谷社長、全社員にTwitter推奨
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1002/08/news059.html
私自身もTwitterを使っています。
その有効性は実感していますし、多くの評論家が記事で書いている通りだと思います。
が、ここはあえて世の中の流れに逆らって、最近感じている批判的な意見を。
Twitterの特徴のひとつは、1回の投稿での140文字という文字制限です。
これにより、まとまった意見や情報の投稿は、著しく制限されます。
そのため、Twitterの投稿をツィート、つぶやき、と言うとおり、投稿される情報のほとんどは言ってしまえば独り言に近いムダ話で、その場で読まなければ大した話題にもなりません。
これは、社会的に地位の高い、あるいは優秀と言われる方のTwitterでも同様です。
テレビでは経済情勢について小難しい意見を述べている人が、Twitter上では「お腹減った」だの、「家に新しい植木を置きました」だの、それがどーした、と言いたくなるつぶやきを連発します。
140文字しか書けないのだから、これはある意味仕方のないことなのですが、
この仕組みこそが、人から思考力をうばう罪だと考えています。
またこれは、なぜブログではなくTwitterで発信するのか?という疑問への答えにもつながります。
ブログでもやろうと思えば1行程度でムダ話を書き続けられますし、実際にアメブロで芸能人のブログを見ていると、そういう類のブログもあります。
しかし、ブログではなくTwitterで発信する理由は、情報が残らないから、でしょう。
Twitterは1日に何度も投稿されますし、人の投稿も同じページにどんどん上乗せされていくので、
誰かが昨日投稿した内容を探し出すのは結構大変です。
そもそも、Twitterに投稿された情報で、後日わざわざ探し出して再利用する価値のあるものは、前述の通りあまり多くないので、情報が残らないことには不便はありません。
一方でブログはその人の投稿だけが掲載され、検索性も優れているため、有効な情報は後々まで残り、いろいろな人に再利用されます。
まとめると、
ブログ:人にしっかり読まれて再利用されるので、気合を入れてしっかりと情報を書く
Twitter:たいしたことは書けず、情報も再利用されないので、何も考えずに書く
と言えるのではないでしょうか。
人間、楽な方が好きなので、同じ情報発信するなら、頭を使わずにできるTwitterを選んでしまうのは当然なのかと思います。
ブログは書くのが大変で続かないが、Twitterなら続く、という人は私の周りにもいます。
Twitterのようなツールがあることに問題はないのですが、これを企業内や学校内で積極的に使う、というのは注意が必要と考えます。
ただでさえ言語力が低下してきている昨今で、「文章を考えて書く」という機会を減らしてしまうことは絶対に避けなければなりません。
文章を書くことは、頭の中の漠然としたイメージを人に伝わるように組み立てるという、思考力や論理性、表現力を育てるトレーニングです。
コミュニケーションツールとして現場社員が利用する分には良いですが、会社として推奨すべきは、ブログのように文章を書く、情報をまとめるという作業を皆にやらせることのほうではないでしょうか。
2009年7月31日金曜日
情報の信頼性
先日、弊社社長の島田と雑談していたときに、Twitter が既存メディアに取って代わるような存在になるのか、というような話になりました。
ご存じの方も多いと思いますが、Twitter はこのところ爆発的に利用者を増やしていて、アメリカではオバマ大統領をはじめとして、政治家や政党が積極的にこうしたツールを使って国民に情報を発信している例なんかもあります。
日本ではまだ少ないですが、一部の政治家が国会の生中継をしたり、テレビでの有名コメンテーターが生放送の現場(CM中に)でつぶやいたりと、面白い活用例も出てきています。
こうした、「現場にいる人がその場で広範囲に状況を情報発信する」というのは、これまでのメディアでは考えられなかったことです。
新聞もテレビも、何かが起きてからそれを取材し、専門家が整理し、記事や原稿にしてマスに発信するのが通常です。
しかし、Twitter のようなツールは、その場にいる誰かが、いま起きていることを広範囲に発信できるわけですから、その臨場感やスピード感は圧倒的です。
その場にいる誰か、というのも不特定多数で制限は無いわけですから、数人で取材をするメディア企業とは比べ物にならない情報量を持ちます。
そして、受信側もコストをかけずに情報を得られます。
では本当に Twitter のようなツールが既存メディアに取って代わるかというと、それは現時点では難しいでしょう。
というより、私個人としてはそういう世界は危険だと思っています。
理由はいろいろあるものの、情報の信頼性というところが大きいです。
これはネットによって新聞の必要性がなくなるか、という議論と同じで、情報量やスピードは圧倒的にネットが多く、かつ無料でも、そのほとんどはゴミ情報で信頼のおけないものということもあり、結局新聞はいまだ読み続けられています。(紙媒体としての優位性もあるでしょうが。)
コストをかけて得られる情報には、やはりそれなりの信頼と価値が保障されているわけです。
逆に、ネットの情報を中心とした無料の情報は、質が低く信頼のできない情報が大半で、誰も何も保障してはくれません。
ブログに書いてある通りに調理してみたらマズかった、なんてときも、ブログを書いた人を責めることはできないのです。
少し前のデータですが、「インターネットにおける情報の信頼性」というリサーチ結果が公開されています。
http://japan.internet.com/research/20070508/1.html
これによると、ネットで入手した情報の間違いを経験したことがあるユーザーは全体(1,041人)の47.36%(493人)、とのことです。
調査の詳細が分からないのでこの数字をそのまま鵜呑みにはできないのですが、こういった調査がされていること自体、ネットによる情報の信頼性低下については議論されるべきということでしょう。
さらに怖いのは、世の中がこうした無料の情報であふれ、皆がそれを支持することで、既存メディアの収益はますます低下し、彼ら自身もコストをかけた取材や記事作成ができなくなり、情報の質低下がますます進むことです。
Twitter などのツールが広まり、これまで無かったスピードや観点で情報を得られることで、どんな価値が生まれてくるのかは楽しみです。
ですが、無料の情報が大量にあふれることで、本当に価値のある情報が失われていくことは防がなければなりません。
我々ひとりひとりが情報リテラシーを高め、次の世代にも教育をしなければならないと感じます。
2009年7月6日月曜日
ITの社内教育、放棄されていないでしょうか
というお客様からの言葉、もう何度聞いたか分かりません。
マイクロソフトで営業やっていたときにも、新バージョンのOfficeを紹介しに行くたびに、
「うちの社員はOffice 2000だってちゃんと使えてないのに、2007なんてムリでしょう」
と、毎度のように言われました。
日本ではいまだに多くの方が、ITは小難しい、よく分からない、というイメージを持っているのが現実でしょう。
こんなに偉そうに書いている私自身も、恥ずかしながら学生時代はPCなんてインターネット利用くらいにしか使わず、Windowsがなんなのかも知らず、就職するまでPowerPointなんて一度も使ったことがありませんでした。
そんなこともあり、お客様がおっしゃるように、年々増えていくカタカナばかりのIT用語やツールの機能は理解できない従業員の方が少なくないことは理解できます。
ITリテラシーが低いので、使いやすいように設計したい、というのなら分かります。
ですが、リテラシーを理由にITツールを使わない、使わせない、ルールでガチガチにしばる、という決定をしている企業は、本当にそれでいいんでしょうか?
言葉は悪いですが、ITリテラシーが低いことを理由にするのは企業としての逃げだと思います。
本当に業務に必要で導入効果が期待できるものなら、導入すべきであり、しっかり教育して活用できるようにするのが筋です。
ITによる新しい技術はこれからも出てくるわけですし、企業活動の中では使わないわけにはいきません。
一時的にリテラシーのせいにして使わないという選択をしても、後にツケがまわってくるだけです。
これは情報漏洩対策などのセキュリティ施策が例として分かりやすいのですが、
USBメモリ禁止、インターネット接続禁止などなど、リスク防止のためルールをガチガチにされているお客様は多いと思います。
ところが、実際に働く従業員側からすると、業務効率が悪くて仕方ありません。
電子情報漏洩の事件は、Winnyなどが話題になったように毎年のように発生しています。
いくらルールを作っても、リスクをゼロにすることは不可能で、業務効率は悪くなる一方です。
当然、最新のITツールを導入しただけでも同様です。
必要なのは、セキュリティの意識付けやリスクの共有、ツールの正しい使い方をしっかりと教育することです。
不況になってくると社内教育コストが削られるなんていう話もよく聞きますが、
とんでもない話です。
この時期に在籍している社員は満足に教育も受けられなかったために、
あとで必ずその弊害が起きます。
日本の教育が楽なほうへ進んだ結果、世界的な教育水準からかなり後れを取ってしまっている現状と同じです。
リテラシーが低いというなら、上げるための教育をするという基本を、
今一度考えていただきたいと思います。
